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ソロモン

前10世紀、ヘブライ王国の全盛期の王。イェルサレムにヤハウェ神の神殿を建設した。

 ヘブライ王国(イスラエル)の第3代の王、ダヴィデ王の子。エジプトのファラオの娘を王妃に迎え、またフェニキア人のティルスと同盟を結び、フェニキア人の交易活動を保護してオリエントの大動脈を抑え、周辺諸国との交易で巨富を築き、「ソロモンの栄華」と言われた。

イェルサレムにヤハウェ神殿を建設

 父のダヴィデは、モーゼがシナイ山で神から与えられた契約を納めたとされる「契約の箱」をイェルサレムにもたらしたが、ソロモンはそれを祀る祭壇を建設した。これはヤハウェ神を国家の守護神として祀ることで、ユダヤ教の象徴的な場とされることとなる。しかし、同時にこれによってユダヤ教の内省的な側面は次第に薄れ、神官を中心とした儀礼宗教という性格が強まり、一部には荒野でひたすら神の声をききながら、悔い改めることを説く預言者が反発を強めることとなる。また、ソロモンはそのほかに壮麗な宮殿も建設したので、民衆への重税が課せられ、反発を受けて死後に王国は南北に分裂してしまった。

Episode ソロモンとシヴァの女王

 旧約聖書にはソロモンは大変な知者としても描かれており、『詩編』や『箴言』は彼の作品と擬せられている。また、シヴァの女王(アラビアの南方、現在のイエメンか。シェバまたはサバとも表記する)がソロモンの知恵を確かめようとやってきて難問を投げかけたが、彼はそのすべてに難無く応えたので、女王はソロモンを褒め称え、たくさんの金と香料、宝石を贈ったという話が、やはり旧約聖書に載っている。<『旧約聖書』列王記上第10章>
 しかしソロモンの名やその栄華の様子は、当時の聖書以外の史料には一切出てこない。「ソロモンの栄華」はどうやら歴史的事実と言うより、ヘブライ人の理想とした国王の像としてフレームアップされたものであるらしい。<参考、山我哲雄『聖書時代史 旧約編』2003 p.94>
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1章1節 オ.東地中海世界