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イソクラテス

アテネの哲学者でマケドニアとの和平を説いた。修辞学校を開設したことでも知られる。

 プラトンと同時代、前4世紀後半、ペロポネソス戦争後のアテネで活躍した哲学者。特に修辞学に優れ、修辞学校を開設し多くの生徒を教えていた。当時ポリス間の対立が深刻となり、北方のマケドニアのフィリッポス2世が台頭が脅威となっていた。前346年にイソクラテスは『フィリッポス』という評論を発表し、ギリシア諸国は一致してペルシア帝国を撃ち、小アジアへ入植を進め貧民問題などを解決できると主張、そのためにはマケドニアに協力し、その軍事力に依存すべきであると説いた。彼は政治活動をしたわけではないが、アテネ内部の親マケドニア派にとって都合のいい説として取り上げられた。一方、デモステネスは強く反対し、議論が二分された。結果的にはアテネはデモステネスの説を採り、マケドニアに抵抗したがカイロネイアの戦いに敗れ、長い目で見るとイソクラテスの考えた予測どおりに進むこととなった。
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ノートの参照
第1章2節 ク.ポリスの変質