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デモステネス

アテネの政治家でマケドニアへの徹底抗戦を主張した。

マケドニアのフィリッポス2世の進出を前にして、アテネでは、フィリッポスによるギリシア諸ポリスの結集とペルシアへの復讐の実現を期待するイソクラテスの主張と、ポリスの自由と独立を守る立場からそれに反対するデモステネスらの主張が対立していた。デモステネスらの主張が通り、マケドニアの進出に抵抗することとなって、テーベを味方に引き入れ、前338年カイロネイアの戦いでマケドニア軍とアテネ・テーベ連合軍が戦った。アテネ・テーベ連合軍は完全に敗北、マケドニア王フィリッポス2世のギリシアへの覇権が確立した。デモステネスはその後も抵抗を呼びかけたがならず、前322年に自殺した。
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第1章2節 ク.ポリスの変質