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プリニウス

4世紀、ローマ帝国末期のキリスト教史家。神寵帝理念を説く。

 1世紀のローマ帝国初期に活躍した博物学者であり、軍人、政治家でもあった。大プリニウスともいい、同じく文筆家、政治家として活躍したその子(養子)の小プリニウスと区別している。豊富な知識量を駆使して、『博物誌』102巻を完成させたが、彼の代表作となった同書は、ローマ帝国の支配が及んだ地域の地理、動植物、鉱物、風俗などにわたる全項目数2万に及ぶ大著であった。この古代最大の百科事典は、残念ながら現存するのは37巻のみであるが、古代地中海世界を知る上での情報源として重要である。また、プリニウスは、同書の中で、当時ローマで大流行した胡椒をインドから輸入するため、大量の金銀がインドに流出していることを警告している。 → ローマ文化
ヴェスヴィオ噴火に巻き込まれる 79年8月24日、ヴェスヴィオ火山の大噴火でポンペイに危機が迫ったとき、プリニウスは艦隊司令官としてナポリ湾のミセーヌムに駐屯していたので、ポンペイの救出に向かったが、有毒ガスに直撃され、その犠牲となった。
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1章3節 ケ.ローマの生活と文化