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ローマ文化

都市国家ローマに始まり、帝政時代まで発展したローマの古典文化。

ギリシア文化を継承したヘレニズム文化に続く、紀元前1世紀のローマの地中海制覇から紀元後5世紀の西ローマ帝国滅亡ごろまでのローマを中心とした文化。共和政の都市国家ローマに始まり、強いギリシア文化の影響の下で成立したので、自由な市民による人間性あふれる文化であり、「古典古代」としてルネサンス以後のヨーロッパの憧憬の対象であった。彫刻や建築などの美術ではギリシア美術を模倣することが多かった(かえってそのため、ギリシア彫刻はほとんど現存しないがローマ時代の模造品を通じてその姿が伝えられている)。また哲学・思想の面ではギリシアを越えることはなかったと言われるが、ラテン語による文芸・歴史書、ローマ法にまとめられた法律の発展、実用的な文化などは、ギリシア文化を凌駕するものがあった。しかし、ローマ文化は紀元後4世紀にキリスト教を受容したことによって、大きく転換する。ローマは古代ローマ帝国の都としては衰退し、後にローマ教皇の居所として復興する。ギリシア文化とともにローマ文化が脚光を浴びるのは、長い中世キリスト教時代を経た、14世紀以降のルネサンスにおいてであった。

ギリシア文化の影響

 ローマの詩人ホラティウスには「征服されたギリシアが野蛮な征服者をとりこにした」という有名な言葉がある。この言葉のように、ローマはギリシアを征服し、属州として支配したが、文化においてはギリシアを模倣する面が多く、独創性はないとされる。たしかに芸術学問の分野ではギリシアを越えることはできなかったが、しかしローマ文化は「ローマ法」や土木建築技術にみられるような実用性ではギリシアを上回っているとも言える。彫刻などは実際のギリシア時代のもはほとんど現存せず、ローマ時代に模写されたものが残っているケースが多い。

ローマの建築・土木

ローマ文化の特徴である実用的文化の一面。

ローマの実用的な文化の一つに、建築と土木が優れていたことが挙げられる。建築にはローマのコロッセウムパンテオン、凱旋門などがあり、土木にはアッピア街道などの道路と、フランスに残るガール水道橋などが挙げられる。これらの建築と土木を支えた技術は、コンクリートアーチの二つだと言われている。コンクリートはイタリアの火山性の土と石灰を混ぜてセメントをつくり、それに石や煉瓦のクズを加えて水で練り、表層に煉瓦を張りつめ、さらに一番表に大理石の薄板を貼り付けて装飾にするという技法。アーチは重力を分散させて大きな開口部をつくる技術で、巨大建造物にはよく用いられている。
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第1章3節 ケ.ローマの生活と文化