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限田策

漢(前漢)の末期にとられた大土地所有制限法。

漢(前漢)代の豪族の大土地所有の進行は、自作農民からの納税に依存する国家財政にとっては大きな障害であるので、董仲舒は武帝に対し土地所有の制限=限田の必要と奴隷所有の禁止を提言した。しかしこの時は実施されず、あらためて前漢末の哀帝の時、前7年に発布された。土地所有の最高限度額を30頃(けい)=137ヘクタール、奴婢の所有額は諸侯王は200人まで、列侯などは100人まで、その他は30人までとする。また商人には土地所有を禁止した。これは3年間の時限立法であったが、土地と奴隷の価格は暴落し、多くの反対があって実効力はなかった。特に外戚や宦官の反対が強かった。王莽の新が周の井田制を復活させたのも豪族の土地独占防止の施策であったが、短命に終わった。後漢から魏晋南北朝を通じて進んだ豪族の大土地所有に対して、限田策を発展させて土地公有制を実現しようという動きは、西晋の占田法・課田法、北魏の均田制をへて、隋・唐で実現し、豪族社会から貴族社会に移行していく。
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ノートの参照
第2章3節 キ.漢代の政治