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アンデス文明

南アメリカ大陸のアンデス山脈の高原とその周辺の文化の総称。

南米大陸のアンデス山脈中の高地やその周辺部に生まれた、紀元前1000年頃から紀元後16世紀初めまでにおよぶ、独自の文化を総称してアンデス文明という。前1000年頃のペルー北部におこったチャビン文化が初めて広範囲、普遍的な広がりを持つ文化として登場した。紀元前後から開花期といわれる北部のモチカ文化、海岸部のナスカ文化が現れ、同じころアンデス中央部におこったティアワナコ文化が6世紀頃からワリなどを中心に広範囲に広がった。11世紀頃に北部からおこったチムー帝国が一帯を支配し、15世紀に急速なインカ帝国の出現を迎え、最高潮に達する。この時期をインカ文明ともいう。インカ帝国は16世紀にスペインの征服者ピサロによって征服され、アンデス文明も消滅するが、その社会や文化の伝統はスペインの植民地支配下でも生き続けている。

農耕の開始=チャビン文化:

約1万年前に南米大陸に移動し長い狩猟採集生活を営んでいたモンゴロイドが、前1200年頃に土器をつくり トウモロコシジャガイモを栽培する農耕段階に入った。それから500年ほど経って、アマゾン上流に突然、巨大な神殿、雄渾な土器、石の彫刻、黄金細工を伴う文化が現れた。それがチャビン文化である。この文化はまたたくまにアンデス地帯一帯にひろがったが、それは政治的な統合や軍事的な征服によるものではなく、宗教的な人間行動が文化を広めた結果と考えられている。

開花期:

チャビン文化は前500年頃、急にアンデス地帯から姿を消す。その原因は明らかではないが、おそらく住民の信仰の内容が変わり、強い地方意識が各地におこってきたように思われる。その背景にあるのはおそらく集約的灌漑農耕の発達である。チャビン文化後「前開花期」が約2世紀続き、次に各地に現れたものが、北部のモチカ文化、南海岸のナスカ文化が、「開花期」といわれる地域文化で、それが6世紀以上続く。

大都市形成期(ティアワナコ・ワリ文化期):

開花期に並行してチチカカ湖周辺の山岳地帯のペルー・チリ国境付近からボリビアにかけてティアワナコ文化が起こった。その影響のもとで、500年頃からワリ文化が急速に広がり、開花期の地域文化は消滅して再び広範囲な普遍的文化の時期となる。アンデスの文化が均質化された後、いくつかの大都市が現れ、国家が形成されていく。

地域国家の形成からインカ帝国の統一へ:

1000年頃からティアワナコ・ワリ文化は頽廃し、各地に大都市が出現、その中からかわってアンデス北部にモチカ文化を継承したと思われるチムー帝国という有力な国家が形成される。他にもいくつかの国家が各地に興亡する中で、12世紀頃にクスコ周辺に起こったケチュア族が有力となり、15世紀にチムーなど周辺諸勢力を圧倒して大帝国を建設する。このインカ帝国は16世紀に入って内紛が発生して動揺したが、そのような時期にスペインのピサロによる征服が始まり、1533年に滅亡する。<泉靖一『インカ帝国』1959 岩波新書 p.228、/大貫良夫他編『ラテンアメリカを知る事典』1987 p.57  などを参照>

Episode アンデス文明の脳外科手術

 アンデス文明の遺跡から頭蓋骨に穴を開けたミイラが多数見つかっている。紀元前500年頃のパラカス・カベルナスの墳墓の55体のミイラのすべてに頭蓋変形(幼少時に板をあてがって頭の形を細長く変形する)がほどこされ、しかも大部分が脳外科手術(頭蓋骨に孔を開けて、脳圧を下げる治療方法、古代社会または未開社会において広く行われている)をうけている。インカ帝国でもその伝統を受け継いで、戦争による負傷者の微妙な脳手術を行っていた。その際にはコカ(麻薬のコカインの原料)やベヤドーナ(緩弛緩剤)などの薬草が使われた。インディオの使用した薬草には、現在も使われているキニーネ(解毒剤)などがあり、タバコも鼻を治す薬として用いられていたという。<泉靖一『インカ帝国』1959 岩波新書 p.52,178-180> 
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ノートの参照
第2章4節 イ.マヤ・アステカ文明とインカ文明
書籍案内
泉靖一『インカ帝国』1959 岩波新書
古いが日本にインカ帝国ブームを起こした本。今でも充分面白い。

増田義郎・吉村作治『インカとエジプト』2002 岩波新書