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西魏

北魏の分裂によって535年、長安を都に成立した国家。

北魏で台頭した高歓に操縦されることを嫌った北魏の孝武帝は、洛陽から西の長安に逃れ、そこを拠点としていた地方軍団長の宇文泰を頼った。宇文泰は535年、孝武帝を立てて都は長安とし、自らは華州に「幕府」を開き、華北の西半分を支配した。すでに前年成立して山西省以東を支配し都を鄴(ギョウ)(河北省)においていた東魏と対抗することとなった。宇文泰は北方系の軍団組織をもとに支配下の農民を兵士として組織した府兵制を作り上げ、また法整備を進め、安定した支配機構を持つに至った。宇文泰の死んだ556年、その子が西魏の皇帝から禅譲を受けて北周が成立する。
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第3章1節 イ.分裂の時代