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ナイマン

モンゴル高原の遊牧国家。1204年、チンギス=ハンに征服される。

 モンゴル高原の西南部をおさえていた遊牧国家。モンゴル部と同系統のナイマン部という部族であったが、トルコ系との混血がすすんでいたらしい。ネストリウス派キリスト教を受け入れていた。1204年、モンゴル高原の東部に興ったモンゴル部のチンギス=ハンの攻撃を受け、その王タヤン=ハンは殺される。こうしてモンゴル高原の東西を抑えたチンギス=ハンがモンゴル帝国の成立となった。
 タヤン=ハンの子のクチュルクは、中央アジアのトルキスタンに逃れ、1211年カラ=キタイ(西遼)の王位を奪ったが、1218年、チンギス=ハンに派遣されたモンゴル軍に敗れ殺されたため、ナイマン王国は滅亡した。なお、ナイマン王国が滅びたとき、書記官として仕え王の印章を管理していたモンゴル人のタタトンガが捕らえられ、彼からウイグル文字がモンゴルに伝えられ、チンギス=ハン自身もそれを学び、モンゴル文字を制定し、文書の制度を整備して国家らしい体制を整えたという。
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第6章3節 ア.モンゴルの大帝国