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オゴタイ=ハン国

オゴタイ家の領地に建てられたモンゴル帝国の一つのハン国(ウルス)であったが、1251年後には消滅したと考えられている。

 モンゴル帝国の第2代のハン、オゴタイ=ハン(在位1229~41年)の所領だった中央アジアに存在したとされていたが、最近の研究ではオゴタイの子で第3代ハンのグュクが死んだ後、1251年に権力を握った第4代ハンのモンケ=ハンによってオゴタイ家の勢力は一掃されたので、オゴタイ=ハン国も存在しなかったとされている。 → モンゴル帝国の分裂
(引用)(モンケ=ハンは)帝位に即くと、反対派を根こそぎ粛清した。オゴデイ、チャガタイ両家のうち、自分の即位に反対し、クリルタイに「不参」したうえ、即位の祝宴を急襲しようとしたと言われる面々は、処刑ないし流罪とした。そのうえ両ウルスについては所領を細分し、特にパミール以西については盟友バトゥと共同統治する形をとった。有力将官だけでも77名という大量粛清は、かつてない凄まじさであった。・・・オゴデイ一門は、甘粛を中心とする東方のコデン・ウルスとエミル-コボクを中心とする西方のその他の諸子領とに、はっきりと分裂した。史上、「オゴデイ・ウルス」もしくは通称「オゴタイ=ハン国」などと言うべき実態は、この後は存在しない。<杉山正明『モンゴル帝国の興亡』上 講談社現代新書 p.99-100>

教科書からオゴタイ=ハン国消える

 山川出版社『詳説世界史』06年度改訂版からこの説を取り入れ、モンゴル帝国の系図から「オゴタイ=ハン国」は削除され、「4ハン国」という用語も使わなくなっている。ただし、他の教科書では依然としてオゴタイ=ハン国を加え4ハン国としているものが多い。
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ノートの参照
第6章3節 ア.モンゴルの大帝国
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杉山正明『モンゴル帝国の興亡』上 講談社現代新書