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オゴタイ=ハン

モンゴル帝国の第2代のハン。金を滅ぼし、西方遠征を開始。

 チンギス=ハンの第3子。オゴデイとも表記。1229年クリルタイで推されてモンゴル帝国の第2代のハンとなる(廟号は太宗。在位1241年まで)。まず、中国の金を滅ぼし(1234年)、モンゴル高原に新都カラコルムを建設、駅伝制(ジャムチ)の整備、戸口調査などを行い、モンゴル帝国の基礎を築いた。チンギス=ハンに続き、契丹人の耶律楚材を官僚として重用した。1235以降、バトゥを西方に派遣し、ロシアを制圧し、東ヨーロッパに侵入させた。
 1241年に病死し、第3代ハン位は長子グユクに継承されるが、グユクが急死した後、チンギス=ハンの末子トゥルイの子のモンケが、クーデターによってオゴタイ家とチャガタイ家の勢力を一掃し、第4代ハンとなった。オゴタイ家はオゴタイ=ハン国を建てたと言われていたが、現在ではその実態は疑問視されている。

Episode 対金戦争の英雄、トゥルイの不可解な死

 新帝オゴタイはほとんど実戦することなく、英雄は三峯山の戦いを勝利に導いたトゥルイ(チンギス=ハンの末子)だった。ところがトゥルイは兄オゴタイと一緒に北に帰る途中急死した。「病を得た兄オゴデイの身代わりになると言って、酒杯を飲み干し、意識が混濁してみまかったという。奇妙な美談である。」モンゴルの正史である『集史』はイル=ハン国で作られた。イル=ハン国をつくったフラグはトゥルイの子であったので、『集史』ではオゴタイとトゥルイの間に確執があったとは書きたくなかったのであろう。<杉山正明『モンゴル帝国の興亡』上 講談社現代新書 p.63>
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第6章3節 ア.モンゴルの大帝国
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杉山正明『モンゴル帝国の興亡』上 講談社現代新書