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チャガタイ=ハン国

中央アジアに作られたモンゴル系国家の一つ。チンギス=ハンの次子のチャガタイに与えられた中央アジアの西トルキスタンに成立した。

モンゴル帝国のハン国の一つ。チンギス=ハンの次子チャガタイがホラズム王国制圧で功績を挙げイリ川流域アルマリクを中心とした中央アジア(西トルキスタン)に領地を与えられたのに始まる。チャガタイ=ウルスともいう。
 第4代ハンのモンケ=ハンの時、その即位に反対したことから一族の多くは処刑されて、勢力は弱まり、チャガタイ家もその後分裂し、ウルスとしての統一性は無くなる。フビライ=ハンの時、傍系のバラクが一時勢いを盛り返したが、1270年にイル=ハン国のホラーサーン地方を奪おうとして敗れ、その後オゴタイ家出身のハイドゥによって暗殺され、本拠の中央アジアのマー=ワラー=アンナフルはハイドゥによって支配されることとなった。ハイドゥの乱の終結後、1306年にチャガタイ家のドゥアが大都の大ハン(成宗)から単独政権と認められ、これをチャガタイ=ハン国(チャガタイ=ウルス)の成立とする見解もある。<杉山正明『モンゴル帝国の興亡』下 講談社現代新書 p.169>

チャガタイ=ハン国の分裂

 14世紀半ばにイスラーム化するとともに東には天山方面、西にはマー=ワラー=アンナフルに独自政権が成立し、東西に分裂した。1346~63年にはトゥグルク=テムルによって一時的に統合されたが、その死後再び分裂する。西チャガタイはには、モンゴル系のバルラス部からティムールが台頭する。東チャガタイはモグーリスタン王国(モンゴルの地を意味するペルシア語)といわれるようになり、しかし15世紀以降はカザフ人やウズベク人が台頭して衰退した。 
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第6章3節 ア.モンゴルの大帝国
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杉山正明『モンゴル帝国の興亡』下 講談社現代新書