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金属活字

13世紀の朝鮮、高麗で発明された技術。

 13世紀の朝鮮半島の高麗時代に発明された。高麗では仏教の保護政策の一環として大蔵経の刊行が行われ、印刷術が発達した。はじめは木製活字が使われたが、耐久性に限界があり、彫るのも大変な労力が必要であった。それらを解決するものとして金属活字が発明された。13世紀のモンゴルの高麗支配のもとで発達した。
 15世紀の朝鮮王朝(李朝)の世宗の時には銅活字が作られ、書籍の出版が盛んになり、訓民正音の創作とともに朝鮮文化の高さを示している。 → 宋の活字印刷 ヨーロッパの活版印刷術
(引用)金属活字のつくりかたは、まず木枠をつくり、その中に鋳造用の砂をかため、これに木の活字をおしつけて鋳型をつくる。そこにとかした金属をそそぎ、かたまったのをひきだして形をととのえた。このような金属活字の製造は、少なくとも13世紀もは始まったようで、ヨーロッパの金属活字発明より200年も先立つものであった。金属活字の発明は、中国、日本など周辺諸国にも大きな影響を与えた。日本は室町時代、朝鮮に使いを送るたび、大蔵経や書物をねだっていたが、16世紀末の豊臣秀吉の朝鮮侵略のとき、多くの活字と本、それに印刷の技術者を略奪してつれ帰っている。悲しいことだが、それによりはじめて、日本でも多くの本を印刷することができるようになったのである。<岡百合子『中・高校生のための朝鮮・韓国の歴史』平凡社ライブラリー p.116>
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ノートの参照
6章2節 ア.東アジアの勢力交代
7章1節 ウ.明朝の朝貢世界
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岡百合子『中・高校生のための朝鮮・韓国の歴史』平凡社ライブラリー