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グーテンベルク

15世紀のドイツ人で、活版印刷術を実用化した。

 15世紀のドイツ、マインツの出身。シュトラスブルクで活版印刷術を研究し、1440年ごろに完成させたという。後にマインツに戻って印刷業を開業。1455年頃、『グーテンベルク聖書』と言われる聖書を出版した。この活版印刷による聖書の普及が、宗教改革の広がりに大きく貢献した。1522年にはルタードイツ語訳新約聖書がヴィッテンベルクで出版され、急速に広がった。その他にも、宗教改革時代に、新旧両派が相手を誹謗するビラを印刷することによって、印刷術及び印刷業は大いに盛んになった。グーテンベルクの考案した活版印刷は、その後急速に発達し、近代の印刷術の基礎を作った。

活版印刷術の発明

(引用)とはいえ、母型に基づいて鋳造した活字の助けを借りて印刷するための実際的・能率的なシステムを、西洋において最初に成就させたのは、1400年よりも少し前にマインツで生まれたヨンン・ゲンフライシュ、通称グーテンベルクであることは、ほぼ確かである。彼は刷毛や刷筆を用いて、紙を木版に手で押しつけるのではもはやなく、機械的な手段、すなわち印刷機械(プレス)を用いた。彼はすでに1436年、シュトラスブールにおいて、このような方向の探求に専心していた。(1440年頃オランダのハーレムで活字を用いた印刷を試みた)コステルの多少とも成功した試みを利用するところがあったかもしれない。1444年から1446年のあいだに、彼はマインツにもどり、そこで金融業者フストの出資を得て、その方法を決定的に完成し、それによって印刷を始める。今日なお一般におこなわれているのも、要するにこの方法にほかならない。<エリク・ド・グロリエ/大塚幸男訳『書物の歴史』初刊1954 文庫クセジュ1992 p.69-70>

出資者との争い

 しかし、彼が最初に印刷した物がどのようなものであったかは判っていない。1454年の末、グーテンベルクは出資者フストと争い、1455年、訴訟に負けて、その機械をフストにゆずるの余儀なきに至る。そこでフストは女婿ペーター・シェッファーとともに新しい印刷を設備する。二つの印刷所は、1454~55年に免罪符の印刷を競っている。1456年8月24日以前に、最初の重要な書物である、いわゆる『グーテンベルク聖書』または『42行聖書』が出版される。この聖書はグーテンベルクの工房からよりもむしろフストおよびシェッファーの工房から出たものであるかもしれない。グーテンベルクの活動は衰え、1467年の末、あるいは1468年の初めに死ぬ。<『同上書』p.70-71>
印 刷
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ノートの参照
8章2節 ウ.科学と技術
書籍案内

エリク・ド・グロリエ
/大塚幸男訳
『書物の歴史』初刊 1954
文庫クセジュ 1992