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イラン=イスラーム文化

イスラーム化したイラン人が発展させたイスラーム文化。

イスラーム文化の中で11~14世紀に栄えた、トルコ系セルジューク朝やモンゴル系のイル=ハン国のもとでの、イラン人が知識人として重用されたために成立した、イラン文化とイスラーム文化の融合した文化。(「イランのイスラーム文化」の意味ではなく、「イラン人によって支えられたイスラーム文化」の意味なので注意すること。)
イラン系民族はイスラーム以前からペルシア帝国以来の高いイランの文化伝統を持ち、ササン朝ペルシアまではゾロアスター教などを信仰していたが、7世紀からイラン人のイスラーム化が始まり、特に9~10世紀の中央アジア最初のイラン人イスラーム国家であるサーマーン朝のもとで、ブハラを中心にイスラームの学問を発達させ、イラン=イスラーム文化を創出した。11世紀からのトルコ人のセルジューク朝、13~14世紀のモンゴル人のイル=ハン国の支配下にあった時代に、イラン=イスラーム文化は爛熟期を迎え、多くの学者や芸術家が生まれた。これらの王朝では公用語はアラビア語であったが、ペルシア語が文学、哲学、イスラーム神学などの学術用語として用いられ、イラン人が学問、科学、芸術の担い手となった。セルジューク朝のニザーム=アルムルクウマル=ハイヤーム、イル=ハン国のラシード=アッディーンなどのがその代表的人物である。イラン=イスラーム文化は、14世紀末に起こったティムール帝国のもとで中央アジアのトルコ人に伝えられ、トルコ=イスラーム文化につながっていく。