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ランサン王国

14世紀にメコン中流にラオ人が建設した国家。ランサンとは「百万頭の象」の意味。18世紀まで続いた。

 ラーンサーン王国とも表記する。現在のラオスの前身にあたる国家。メコン川中流域の盆地地帯に居住した、タイ人の一派であるラオ人(ラオス人)のファファーグム王が、1353年にルアンプラバンを都に建国した。ランサン Lan San とは、「百万頭の象」の意味で、アンコール朝から上座部仏教を取り入れ、有名なパドーンの金泥塗りの石仏を造り国家鎮護の仏像とした。ルアンプラバン(タイ式の発音。ラオスではルアンパパーン)とは「黄金仏の都」の意味である。

分裂と衰退

 以後、近隣のタイ系国家と結びながら、大越国(ベトナム)の侵攻を食い止め、また明に朝貢した。1563年には南下してビエンチャン(「月の都城」の意味)に遷都したが、1574年にはビルマトゥングー朝)の侵攻を受け、しばらくその支配を受けた。その後独立を回復し仏教文化が栄えたが、18世紀にはランサン王国はルアンプラバン王国、ビエンチャン王国、チャンパーサック王国の三つに分裂し、タイに侵攻されて衰退した。1827年にはタイ軍によって国王アヌ王が処刑され、ビエンチャンも破壊された。
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ノートの参照
第7章1節 エ.朝貢世界の動揺