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陽明学

明の王陽明が始めた儒学の一派。朱子学を批判して知行合一を説いた。

 明代の16世紀初め、王陽明が始めた儒学・儒教の一学派。当時官学とされていた宋学(朱子学)では「格物致知」=ものに格(いた)ることによって知を完成する、つまり自己の心によってではなく、自己の外にある事物それ自体を探求することによって真理を得られるという考え(「性即理」)であったが、王陽明は「聖人の道はわが心のうちに完全にそなわっている。理を(外部の)事物に求めていたきたのは間違っている」と考え、「心即理」と説いた。彼の考えでは学問の目的は、「致良知」=各人に生まれながらにそなわっている心(良知)を実現することにあるという。良知とは、知(認識)と行(実戦)を統一したものでなければならず(「知行合一」)、それは人にそなわった直感的道徳力である、と説く。 → 明の文化
 このように陽明学は朱子学を否定するものであり、そのあまりに主観主義的な思想は体制批判につながるおそれがであったのであまり普及せず、明末に李贄(李卓吾)がいる程度であり、次の清代には、客観的な実証を重んじる考証学が隆盛する。
 陽明学は、むしろ日本には大きな影響を与え、江戸時代の中江藤樹、熊沢蕃山などが現れた。江戸幕府もその普及を恐れ、1790年には「寛政異学の禁」によって弾圧した。事実、幕府への批判を強めて1837年に挙兵した大塩平八郎も陽明学を学んだ人であった。
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7章1節 オ.明後期の社会と文化