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アマゾン川

南米大陸ブラジルの熱帯雨林地帯を流れる長大な河川。ほぼ密林であったが、ポルトガル植民地として始まった金鉱の開発やコーヒー農園の設置により森林伐採が進んでいる。

 ブラジルを流れる大河。アマゾンの地名には次のような話がある。

Episode アマゾンの由来

 アマゾンはギリシア神話に出てくる女勇士のことであるが、大航海時代頃のスペインでは盛んに作られた騎士道物語にも登場していた。1510年に出された“セルガス・デ・エスプランディアン”という騎士道物語では、アマゾンの女王カラフィアはカリフォルニアというインディアスのあるところに住んでおり、ペルシア王アルマートのコンスタンティノープルを攻撃に部下を率いて参加したが、エスプランディアンに打ち負かされキリスト教に改宗、かくて強力な女戦士を失ったトルコ軍は敗れコンスタンティノープルは救われた、と言う物語であった。アマゾンたちの住む土地は豊かな金銀の産地とされたので、スペインの征服者たちは新大陸にその地を捜し出そうとした。メキシコを征服したコルテスが派遣した部下はメキシコ海岸で発見した土地をカリフォルニアと名づけた。さて、インカ帝国を征服したピサロとその部下たちは現在のコロンビアのあたりに女人国があり香料のシナモンがとれる、というインディオの噂を聞きつけた。ピサロの弟ゴンサーロ=ピサロは巨大な軍隊を率いてエクアドルのキトからアンデスを越えて東の熱帯低地に侵入した。一隊中のフランシスコ=デ=オレリャーナという部将が偵察のため数十人の部下と共に大きな川を下り、本隊にはもどらず、ついに1542年8月、河口まで到達し大西洋に出た。その途中、インディオの攻撃を受けた時、その先頭に立って十人ばかりの白い、体格のいい女たちが、勇猛に戦っているのを眼にして、一行は古い物語の女勇者の国アマゾンが見つかったと考えた。オレリャーナはスペインに帰って国王の許可を得、1546年に再度探検を試みて河口まで来たが、病死してしまいアマゾンの国は謎のまま残った。この川はしばらくの間、オレリャーナとかマラニョンと呼ばれていたが、結局のところスペイン人が抱いた幻影にちなんで、アマゾネスまたはアマゾン川と呼ばれるようになった。<増田義郎『新世界のユートピア』1971 中公文庫版 p.79-80>