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マインツ

ドイツの都市で内陸交通路の要地。7選帝侯の一つ、マインツ大司教座がおかれた。

 ドイツ内陸の南西部にある都市で、古来交通の要衝だった。大司教座がおかれたことによって、司教座都市として発展した。マインツ大司教は、1356年、神聖ローマ帝国皇帝カール4世が制定した「金印勅書」によって神聖ローマ帝国皇帝の選挙権を持つ7人の選帝侯となり、その筆頭格の聖界諸侯として神聖ローマ皇帝の補佐役の立場にたった。

活版印刷の始まりと分散

 15世紀のマインツで活躍した人物に、活版印刷術を完成させたグーテンベルクがいた。1440年頃、活版印刷を完成させた彼がマインツに印刷所を設けたことによって、マインツは印刷業が最初に興った町として栄えた。しかし、1462年10月27日の夜、教皇によって解任されたマインツの大司教と、その後継者アドルフ・フォン・ナッサウとのあいだの競争の結果、ナッサウの軍隊がマインツの町に強行侵入、マインツには火災、掠奪、放逐という混乱の時期が現出した。そのため、マインツの印刷業も打撃を受け、この事件が新しい技術が、他の都市に分散していくこととなった。
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ノートの参照
第6章3節 イ.商業の復活