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治安判事

イギリスのジェントリが任命された地方で裁判にあたる官職。

治安判事(justice of the peace)は中世イギリスに起源を持つ、地方の有力者(ジェントリなど)が任命される名誉職で、無給で地方行政や裁判を行った。起源は14世紀の中頃のエドワード3世のとき、州裁判所の裁判長(シェリフ)を補佐するもとして設置され、その州の騎士であるジェントリが任命されたことにある。彼らは地域の有力者として、治安の維持にあたったので、ワット=タイラーの乱の時には農民一揆の襲撃目標とされたが、15世紀以降の王権が次第に強化されると、それを農村で支える存在となった。

テューダー朝の治安判事

 治安判事(治安裁判所判事)はジェントリから選ばれたが、選挙ではなく王によって選ばれ、王は自由に任免することが出来た。ヨーマン(自営農民=小地主)はその下で警官の役目を果たし、または陪審員となった。特に16世紀のテューダー朝では、実質的な地方行政官として国王の中央集権体制を支えた。エリザベス1世の時代には労働者の賃金の裁定などの任務もあった。「世間では治安裁判所判事のことを“テューダー家の家政婦”と言った。」<アンドレ=モロワ『英国史』上 新潮文庫 p.288>

近代の治安判事

 イギリス革命の時期は王党派を構成したので一時その権限は小さくなったが、王政復古後は地主=地方名望家=ジェントルマンとして地方自治にあたり、トーリ党の支持基盤となった。近代においても保守権力の基盤とされ、1819年のピータールー事件(マンチェスターで穀物法に反対する労働者が官憲に襲撃された事件)の時には政府は治安判事に労働者の運動に対する違反者取り締まりの即決的権限などをあたえている。イギリスでは現在でも地方の名士に対する名誉職として治安判事が任命されている。
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ノートの参照
8章4節 エ.オランダの独立とイギリスの海外進出