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ピータールー事件

1819年、参政権、穀物法廃止などを要求した労働者のデモをイギリス政府が弾圧した事件。

 ラダイト運動が鎮圧されてから、労働者の運動は、議会を通じての合法的な改革に向かおうとした。そのためには選挙権を獲得する必要があるので、普通選挙を求める声が強くなった。当時の保守的なトーリ党政権はその運動も厳しく弾圧した。1819年には、マンチェスターで8万人の労働者が集まって選挙法改正穀物法反対を訴えて、示威行動を行った。それに対して政府は軍隊を派遣して武力弾圧、12名の死者と多数の負傷者が出た。セント・ピーター広場で起こったこの事件を、ナポレオンが敗れた戦いのウォータールー(ワーテルロー)にひっかけて、ピータールー事件という。20年代にはいると、経済の好況もあって運動は穏健化し、30年代政権がホイッグ党にうつると選挙法改正の動きが急速に具体化した。
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ノートの参照
10章1節 ウ.資本主義体制の確立と社会問題