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第1次囲い込み/エンクロージャ

16世紀のイギリスで進行した、地主による牧場化のための農地囲い込み。

 絶対王政時代のイギリステューダー朝エリザベス1世の時期に典型的に見られる、領主および富農層(ジェントリー=地主)が、農民(小作人)から取り上げた畑や共有地だった野原を柵で囲い込んで、羊を飼うための牧場に転換したことをいう。15世紀末に始まり、16世紀を通じて続いたのこの動きを第1次エンクロージャー運動(enclosure は「囲い」という意味)という。

背景と影響

 イギリスの海外市場が拡大したことによって毛織物の需要が増え、毛織物業が盛んになり、その原料の羊毛が高騰し、領主および富裕層が羊毛の生産に転換して利益を上げようとしたことがあげらえる。これによって耕地を奪われた農民は離村し、工場制手工業(マニュファクチュア)での賃金労働者化していくこととなった。またその進行によって、失業、浮浪、犯罪などの社会不安が増大したので、社会的批判が強くなり、議会はしばしば囲い込みの禁止を議決したが効果はなかった。また1601年には救貧法という、弱者救済の措置がとられており、社会保障の理念の原点ともなっている。
 この状況を告発し、「羊が人間を食べている」と表現したのがトマス=モアであった。ただし、最近の研究では、実際に耕地が牧場化されたのは、全耕地面積の2%程度であり、また全国的な状況ではなかったとされている。

資料 「羊が人間を食べている」

 囲い込みをトマス=モアが『ユートピア』の中で批判した言葉として有名であるが、その前後は次のようになっている。この部分を読めば、トマス=モアが言いたいことがよくわかります。
(引用)・・・ほかでもありません。イギリスの羊です。以前は大変おとなしい、小食の動物だったそうですが、この頃では、なんでも途方もない大食いで、その上荒々しくなったそうで、そのため人間さえもさかんに食い潰されて、見るもむざんな荒廃ぶりです。そのわけは、もし国内のどこかで非常に良質の、したがって高価な羊毛がとれるというところがありますと、代々の祖先や前任者の懐にはいっていた年収や所得では満足できず、また悠々と安楽な生活を送ることにも満足できない、その土地の貴族や紳士やその上自他ともに許した聖職者である修道院長までが、国家の為になるどころか、とんでもない大きな害毒を及ぼすのもかまわないで、百姓たちの耕作地をとりあげてしまい、牧場としてすっかり囲い込んでしまうからです。家屋は壊す、町は取り壊す、後にぽつんと残るのはただ教会堂だけという有様、その教会堂も羊小屋にしようという魂胆からなのです。林地・猟場・荘園、そういったものをつくるのに相当土地を潰したにもかかわらず、まだ潰したりないとでもいうのか、この敬虔な人たちは住宅地や教会付属地までも、みなたたきこわし、廃墟にしてしまいます。・・・(一部平易な表現に改めた)<平井正穂訳 岩波文庫 p.26>

第2次囲い込みとの違い

 しかし、このような農民の離村と賃金労働者化(原始的蓄積という)は15世紀末から16世紀を通して進行し、17世紀半から18世紀には農業革命に伴って商業的穀物生産が普及し、そのため農民の土地が囲い込まれるという第2次エンクロージャーが進行する。第1次エンクロージャーは議会で禁止決議が出されるなど、一定の抑止が図られていたが、第2次になると社会的な反対もなくなり、議会が立法によってそれを促進するようになり、資本主義かが一気に加速することになる。>

第2次囲い込み/エンクロージャー

イギリス産業革命期に進んだ資本主義的農場経営のための開放農地の囲い込み。農民の賃金労働者化をうながした。

 イギリスの産業革命(第1次)期において、1760年頃からはげしくなり、1800から20年頃まで絶頂期を迎えた土地囲い込み運動。農業革命といわれる、三圃制農業からノーフォーク農法といわれる輪作法への転換とともに起こった、農業の資本主義化の一環である。産業革命にともなう人口の増加、及びナポレオン戦争のための食糧需要増大によって穀物価格が騰貴したのを受けて、地主・農業資本家が小生産者の開放農地(共同耕地)を囲い込み、土地を独占し、資本主義的農業経営を行おうとしたことである。この結果、イギリスの農業は、広大な土地を所有する地主が、農業資本家に土地を貸与し、資本家は農業労働者を雇用するという資本主義的農業経営が一般化した。 → イギリス(6) 

第1次囲い込みとの相違点

 第1次エンクロージャーに較べ、地主層が多数を占める議会が議会立法によって法令を定めて推進した。第1次の囲い込み(第一次エンクロージャー)は、羊毛生産用の牧羊場とするために農地が囲い込まれ、議会は農民保護のためにそれを抑制しようとしたのにたいして、第2次は穀物生産用の資本主義的農場経営によって開放耕地が囲い込まれ、議会は立法によって奨励した、という違いがある。
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ノートの参照
8章4節 エ.オランダの独立とイギリスの海外進出
10章1節 ア.世界最初の産業革命
書籍案内

トマス=モア/平井正穂訳
『ユートピア』岩波文庫