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ロンドン王立協会

1662年に設立されたイギリスの自然科学研究団体。ニュートンらの活躍の場となった。

 王政復古期の1662年に、国王チャールズ2世の勅許を得て、自然を研究する新しい学問を愛好する人々の団体としてロンドン王立協会が設立された。初期の会員には、気体の法則のボイルや、バネの法則のフックなどがいた。ニュートンは1672年に会員となり、1703~1727年まで会長を務めた。1665年からは『哲学会報』を刊行し、研究者の研究発表の場とし、発見の先取権を認定する倍として機能するようになった。フランスでは1666年に、パリに王立科学アカデミーが創立された。これらの動きは17世紀の科学革命の一環である。

Episode 王立協会と『経度への挑戦』

 大航海時代以来、正確な経度を測定する方法がいろいろ試みられていたがいずれもうまくいかなかった。イギリスでもたびたび遭難事故があったので、1714年にニュートンら王立協会が、2万ポンドの賞金をかてて経度測定法を公募することとなった。正確な経度を測定するには、正確な時計が必要だったが、当時まだ誰も遠洋航海に仕えるような時計を作ることはできなかったが、1760年にヨークシャーの時計職人ジョン=ハリスンがクロノメーターと名付けたゼンマイ時計を考案した。しかし、王立協会は天文学的な方法で経度を測定できると考えていたので、ハリソンのクロノメーターを認めなかった。1775年にクックの第2回航海でハリソンのクロノメーターが正確であることがようやく証明された。こうして洋上で正確な時刻を計ることができ、経度の測定も正確にできるようになった。<デーヴァ・ソベル『経度への挑戦』1995 藤井留美訳 翔泳社>
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9章3節 ア.科学革命と近代的世界観
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デーヴァ・ソベル
/藤井留美訳
『経度への挑戦』
1995 翔泳社