印刷 | 通常画面に戻る |

クック

18世紀、イギリスの航海者。3度にわたり南太平洋を探索し、ニュージーランドに到達、さらにオーストラリアに上陸し、イギリス領を宣言した。1779年、ハワイで原住民とトラブルを起こし殺害された。

 七年戦争後もフランスとの植民地抗争(英仏植民地戦争)を続けていたイギリスは、著名な航海者であったクックに1769年、タヒチで金星が太陽面を通過するのを観測するための学術調査隊を送り届けるとともに南太平洋の「未知の大陸」を探索することを命じた。クックの艦隊は1796年にニュージーランドを探検しその領有を宣言した後、1770年4月、新たな陸地の東海岸ボタニー湾に上陸、その地をニューサウスウェールズと名付け、イギリス領であることを宣言した。この大陸は後にオーストラリアと呼ばれるようになった。クックはその後も数回にわたり南太平洋を探検、1779年にハワイで原住民とのトラブルがもとで殺害された。

クックの航海

 クックはヨークシャーのつつましい家に生まれ、有能な船員となり、規律に厳格で航海の天才として知られるようになった。カナダ付近の海図を製作して名を馳せていたが、1768年にはエンデヴァー号で、南アメリカ大陸を廻って太平洋を航行し、タヒチを経て1769年、ニュージーランドに至った。現地のマオリ人の漁師がティカアマウイ(北島)とテワカアマウイ(南島)との間に海峡を発見、豊かな漁場であることを知った。後にこの海峡はクック海峡と命名された。さらにクックの航海は続き、1770年に後にオーストラリア大陸と言われる陸地の東海岸に上陸した。
 クックはこの航海で、船上生活で避けられないと思われていた壊血病から船員を守ることができることを証明した。それは、ジェームズ=リンドというイギリス海軍の軍医の教えに従い、船員に柑橘類とザワークラウト(キャベツの酢漬け)を採らせる食事法を採用したからであった。 → 遠洋航海術の項を参照。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第12章4節 エ.地理上の探検