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石炭/石炭業

産業革命期から製鉄原料、蒸気機関燃料として多用されるようになった化石燃料。第1次エネルギー革命をもたらし、近代から現代の工業化のエネルギー源となったが、20世紀後半に急速に石油に転換する第2次エネルギー革命が起こりその役割は低下した。

 石炭は2億数千万年前から1億万年前の地質年代に、植物が地下の圧力で炭化したものもので、人類は古代から「燃える石」として知っていた。すでにギリシアやローマ、中国などで鍛冶に用いられた記録がある。しかし、家庭の暖房用や工場の燃料、製鉄の原料として広く一般的に使われるようになるのは、16世紀中ごろのイギリスにおいてであった。さらに飛躍的にその使用量が増大したのは18世紀の産業革命からであった。

木炭から石炭へ

 長い間、主たる燃料は木炭であったので、工場も森林地帯の近くに設けられることが多かった。17世紀にイギリスで鉄工業が盛んになると鉄鉱石を溶解して銑鉄をつくるための木炭が大量に使用されるようになり、くわえて建築・造船用材としても木材の需要が高まったため、またたく間にイギリスの森林資源は枯渇することとなった。そのため木炭をスウェーデンやロシアから輸入せざるを得なくなった。このような木炭にかわる燃料として注目されたのが石炭であった。石炭は家庭内の燃料としても用いられていたが、ダービー父子のコークス製鉄法の発明されて石炭は鉄工業の原料とされるなり、さらに蒸気機関の燃料として用いられるようになったため、急速に増産されることになった。このように石炭業は産業革命における製鉄業に付随して発展し、このエネルギー源の木炭から石炭への変化がエネルギー革命である。

産業革命における石炭の役割

(引用)18世紀の産業革命へ至る過程は、石炭需要の増大とそれに伴う石炭=炭坑開発のための技術的課題、とりわけ (1)炭坑の排水、(2)石炭輸送ならびに(3)石炭を製鉄工程に応用する技術開発の三つの課題を解決する過程であった。こうした課題は、17世紀後半、全世界の石炭生産量のほぼ85%を占めていたイギリスに特有の課題であったと言ってよい。<角山榮ほか『産業革命と民衆』生活の世界歴史10 河出文庫>
 (1)の炭坑の排水の問題を解決するという要請に応えたのが蒸気機関であり、(2)の石炭輸送量の増大に対応するために着手されたのが運河鉄道である。(3)の石炭の製鉄工程の利用として始まったのがダービー父子によるコークス製鉄法であった。

石炭業の成立と発展

 ダービー父子が1709年に石炭からコークスをつくり、それを木炭にかえて製銑工程に用いる方法を開発し、さらに1784年にヘンリ=コートが反射炉法(パドル法)を開発して石炭を燃料とした製鉄が急速に発達したため、森林枯渇問題は解決された。こうして石炭は製銑用のコークスとして、および蒸気機関の燃料として需要が高まり、産業革命のエネルギー源となった。また、都市化に伴い、都市住宅の家庭用燃料としても需要が増えた。イギリスは需要にこたえることのできる豊かな炭田があり、石炭業は急速に成長した。しかし19世紀には、採炭技術は女性や児童の労働に依存するもので劣悪な条件におかれ、社会問題となった。

石炭輸送のため、交通機関が発達

 石炭の運搬は当初は馬に頼っていたので大量に運ぶことができず、供給力に限界があったが、次第に採炭技術が改良されて増産が進む中、1760年代からは運河が作られて活用されるようになり、さらに1830年代から鉄道輸送が始まることによって、石炭業は飛躍的に増大することとなった。

社会問題としての炭坑労働

 18世紀始めには露天掘りや横穴ではない、200フィート以上の深さに達する竪穴を掘り、地下に坑道をめぐらす大規模な炭坑がロンドンに近いノーザンバランドやダーラムに出現した。しかし当時の技術では、「坑夫が一人の少年に助けられて掘り進む切羽(採掘現場)は、石炭の円柱で支えられていた」ので、半分から三分の二の石炭が掘られないままで残っていた。地下で石炭を運搬する方法は、1750年頃のニューカースル地方では「少年に付き添われた小馬が人間にとって代わり」、その他の地方では「石炭は青年や婦人により籠に入れて運ばれていた。ファイフシャーでは、坑夫の妻や娘たちが、石炭を背負い、弓なりになって重い荷物を支えながら、地下の通路を進んでいったのみではない、幾つかの梯子をよじて、竪坑を地表にまで昇っていった。」
 「採炭に関する技術上の問題は、坑内にガスや水が存在したことから起こって来た。」ロウソクで灯りを採ることは非常に危険でったので「腐りかけた魚や青光りする木片」の光で間に合わそうとした炭坑もあった。また湧き水を抑えたり、排水するのも大変な仕事だった。1708年にニューコメンが発明した蒸気力で坑内水を排するするポンプは18世紀中頃までに広く普及した。しかし、採炭と採掘した石炭を引き揚げる作業は18世紀中は人力に依存し、そのため採炭量はそう増加しなかった。「石炭の時代」と言われるような採炭量が増大するのは、19世紀に入ってからである。<以上の説明は主にアシュトン『産業革命』1947 岩波文庫 p.45-56 による>

石炭産業の衰退

 こうして石炭業は20世紀前半までの工業化社会を支えるエネルギー源として繁栄が続いたが、第2次世界大戦の前後から石油が登場して第2次エネルギー革命が起こり、急速にその役割を低下させている。
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ノートの参照
10章1節 イ.機械の発明と交通機関の改良