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鉄鉱石/製鉄業/鉄工業

産業革命以降に発達した、鉄鉱石を原料として鉄を製造する工業。

鉄鉱石

 鉄鉱石を原料とする鉄器は、小アジアのヒッタイトからその使用が始まって西アジアでひろがり、南ロシア草原のスキタイ人の手で東方にも伝えられ、中国でも春秋・戦国時代に鉄製農具が普及した。原料は砂鉄など入手しやすく、また武器や農具に加工しやすく、青銅器に代わって鉄器時代を出現させた。その後も鉄器は古代文明、中世封建社会の農業生産力、そして封建諸侯から主権国家形成期の国家にとっての軍事力の物質的基盤とされてきた。それが産業革命期になると一変して、鉄は主として産業を支える主要な物質としてクローズアップされ、18世紀以降、製鉄業が急速に成長し、原料の鉄鉱石は、燃料の石炭と共に最重要の資源とされるようになった。

製鉄業/鉄工業

 製鉄の工程には、鉄鉱石を高炉(溶鉱炉)で溶解して銑鉄をつくる製銑工程と、その銑鉄を鋳鉄や鋼に鍛えて鉄材にする精錬工程とからなっている。イギリスは幸い鉄鉱石には恵まれていたが、製銑には昔からどこでも木炭が使われていた。そのため、17世紀に製鉄業が盛んになると、木材の需要が増え、森林の枯渇が問題となってきた。そのため18世紀になると銑鉄の生産が停滞しはじめ、木炭にかわり溶鉱炉で鉄鉱石と一緒に燃やす燃料として石炭が用いられるようになった。
ダービー親子 石炭を用いる場合、石炭に含まれる硫黄などの不純物を取り除くことと持続的な送風によって高温を保つことが必要であった。これらの問題を解決したのが、18世紀前半にシュロップシャーで活動した製鉄業者ダービー父子であった。ダービー親子は石炭を蒸し焼にしてコークスをつくり、コークスを利用することで不純物の除去に成功し、さらに従来の「ふいご」に替わって送風シリンダーを用い、さらにその動力として水力に替わって蒸気機関を用いることで飛躍的に銑鉄生産量を増やすことに成功した。これによってイギリスの豊富な石炭資源を燃料とする製鉄が、新たに産業を支えることとナリ、それによって石炭業も急速に発展した。
ヘンリ=コート もう一つの工程である、銑鉄から棒鉄を生産する工程でも技術革新が求められた。製銑工程の生産能力が上がると精錬工程の革新が必要となり、ヘンリ=コートが1783~84年に反射炉を用いる攪拌式精錬法(パドル法)を開発し、あわせて鉄塊を直ちに圧延して鉄材に仕上げる新工法を編み出し、これによってイギリスの製鉄業は急速に発達した。<長谷川貴彦『産業革命』2012 世界史リブレット 山川出版社 p.52~54>

世界遺産 世界最初の鉄橋

 山川出版社『詳説世界史B』(旧版)の口絵には、1779年に作られた世界で最初に完成した鉄の橋として知られる、イギリスのセヴァーン川に架かる「コールブルックデール橋」を紹介していた(2013年版にはない)。シュロップシャー州のコールブルックデールは、18世紀初頭にダービーがこの地で産出した石炭を原料にコークス製鉄法で製鉄を始めた、いわば聖地であり、同地にはダービー記念博物館もある。そこに架けられた橋はアイアンブリッジと言われ、長さは60m、川を往来する船が通れるようにアーチ型をしており、形状的にも美しい。1986年には産業遺産として世界遺産に登録された。

Ironbridge, Coalbrookdale (トリップアドバイザー提供)
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ノートの参照
10章1節 イ.機械の発明と交通機関の改良
書籍案内

長谷川貴彦『産業革命』
世界史リブレット 116
2012 山川出版社