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ホイットニー

アメリカの発明家で18世紀末、綿繰り機を考案した。南部のプランテーションでの黒人奴隷労働による綿花生産が急増した。

 1793年、ニューイングランドの名門イエール大学を出たばかりのイーライ・ホイットニーが陸軍の故ナサニエル・グリーン将軍夫人の後援の下で、ジョージアのプランテーションで綿花の種子と繊維を分離する綿繰り機を発明した。 それによってアメリカ南部の綿花プランテーションでの栽培が盛んになり、当時イギリスで綿工業をベースに産業革命が起こっていたことから、南部はそのための原綿の主たる供給地となった。
 南部の綿花の生産高は1790年に約710トンであったが、1800年までに一挙に約1万6千トンと20倍以上になり、1810年には4万トンに達した。その結果、共和政の樹立という政治的な目標とは裏腹に、アメリカの黒人奴隷制はむしろ強化された。奴隷の数は1790年に70万弱だったのが、1800年に89万人に増え、1810年には119万人に達した。<五十嵐武士『世界の歴史』21(中公)p.192> → 三角貿易
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10章1節 イ.機械の発明と交通機関改良