印刷 | 通常画面に戻る |

ティエール

フランスのブルジョワ政治家で普仏戦争末期に臨時政府首相となり、パリ=コミューンを弾圧。1871年、大統領となる。

ティエール Thiers,Louis Adolphe 1797-1877 (チエールとも表記)は18世紀に長く活動し、最も重要な役割を担った一人。王政には反対し、共和制の立場であったが立憲君主制とは妥協し。普仏戦争後、穏健共和派として臨時政府の首班となりパリ=コミューンの弾圧にあたった後、第三共和政の初代大統領となった。

七月革命と七月王政期首相

 まず、1830年にシャルル10世の復古王政を批判する新聞『ナシオナル』を銀行家ラフィットの出資を得て発刊し、イギリス流の立憲君主政を主張して、ルイ=フィリップの擁立を提唱、七月革命を指導した一人となる。七月王政が成立するとその間、首相を務め、1840年代にはパリ市街の都市計画を進めた。

第二共和制~第二帝政期

 1848年の二月革命後の第二共和政では、秩序党を組織した。しかし、ルイ=ナポレオンの進出には反対したので、1851年のクーデターによって逮捕された。ナポレオン3世第二帝政下では、常に帝政に反対を続けた。

臨時政府首相としてパリ=コミューン弾圧

 普仏戦争で敗れたナポレオン3世が退位し第二帝政が倒れると、1871年2月末、臨時政府の行政長官となった。2月、ドイツとの仮講和を締結し、3月にパリ=コミューンが蜂起すると議会とともにヴェルサイユに避難し、5月にプロイセン軍の支援を得て総攻撃を加えて鎮圧に成功した。

第三共和政大統領

 それをうけて、フランクフルトでドイツ帝国との正式な講和条約を結び、同年8月、議会において第三共和政の初代大統領に選出された(第三共和政の発足時期についてはその別項参照)。しかし、議会は王党派が多数を占めていたので共和政を目ざしたティエールは、1873年に不信任決議によって退陣した。歴史家としても『フランス革命史』の著作で有名である。

参考 ティエールの大統領就任の年

 ティエールが第三共和政の初代大統領に選出され、就任したのは1871年8月31日である<山川出版社『世界各国史12 フランス史』2001 巻末年表>。なお、山川出版社『改訂版世界史B用語集』(2010年刊)のティエールの項で、‘在任1872~'となっているのは誤り。2010年入試、早稲田大学社会科学部第3問の正誤問題で「c.普仏戦争でナポレオン三世が敗北したのち、1871年にティエールが大統領に就任し、1875年には第三共和政憲法が制定された。」という文の正誤判定問題があったが、これは正しい。(旺文社『2011受験用 全国大学入試問題正解 世界史』解答の指摘による)
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第12章2節 エ.第二帝政と第三共和政