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プーシキン

19世紀前半のロシアのロマン主義の詩人、小説家。多くの詩と『大尉の娘』などの小説を書いた。

 プーシキンは19世紀初頭のロシアの「国民詩人」と言われるロマン主義に属する作家。1799年、モスクワの貴族の子として生まれ、ナポレオンの侵入(モスクワ遠征)のころに少年時代を送り、民族的な誇りを呼び覚まされるとともに、ツァーリズムとそれをささえる農奴制への疑問を強めた。またバイロンの影響を受けロマン的な詩を作るようになり、その詩は広く受け入れられたが政府ににらまれ、南ロシアに追放になった。1825年にデカブリストの反乱が起こると、それに加わろうとしたが、モスクワに着く前に鎮圧され、果たせなかった。

国民詩人、決闘で死す

 新しい皇帝ニコライ1世は、プーシキンの追放を解く代わりに宮廷詩人の地位を与え、皇帝が検閲する条件で彼に詩作を許した。彼は筆を曲げずに著作を続けたが、発表の機会は与えられなかった。宮廷の貴族たちは彼を笑いものにしようとして一人の青年をけしかけ、彼の美しい妻ナターリヤに言い寄らせ、青年とプーシキンを決闘に追い込んだ。1837年2月の雪の中で決闘が行われ、その傷がもとで2日後にプーシキンは死んだ。わずか37歳だった。
作品 彼の作品は多くの詩の他に、歴史に素材をとった『エフゲニー・オネーギン』、『ボリス=ゴドゥノフ』、『スペードの女王』などがあるが、代表作は、プガチョフの農民反乱を背景にした『大尉の娘』(1836年)であろう。
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ノートの参照
第12章4節 ア.ロマン主義と自然主義