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リヴィングストン

イギリスの伝道師。アフリカで医療伝道に従事しながら、1866~73年、ナイル源流を探検した。

ディヴィット=リヴィングストン(1813~73)はナイルの源流を求めてヴィクトリア滝を発見したほか、アフリカ大陸の南半で3万マイルに及ぶ未知の地域を踏破し、完全な記録を残した大探検家として知られるが、冒険的な探検家ではなく、黒人奴隷制を廃止する熱意に燃え、キリスト教の福音主義運動にもとづく伝道師としてアフリカに渡ったのであった。
 スコットランドのグラスゴウ南西部の紡績工場で働く十歳の少年工だったとき、奴隷貿易を知ってショックを受け、敬虔な長老派信者であった彼は医療伝道師を志し、時間をかけて医学・神学を学んだ。南アメリカで伝道生活を行っているときに、住民の言語・習俗、未知の地域への関心に目覚めたのだった。1849年のヌガミ湖の発見で王立地理学協会との結びつきが生まれ、以来地理的探検にのめり込むことになった。1866~73年のナイル水源探検では、同行者に医薬品を持ち逃げされて病に倒れ、数年間行方しれずになった。1871年の、ニューヨーク・ヘラルド紙から派遣されたヘンリ=スタンリーによって発見され、世界的なニュースとなった。その後もナイル水源探検を続け、1873年に現地でなくなった。
 彼のアフリカ探検は、けして領土的野心から行われたことではなかったが、それによって得られた情報は、イギリス帝国主義によるアフリカ分割に利用されることとなってしまった。

黒人奴隷貿易廃絶につくす

(引用)探検の間も、リヴィングストンは奴隷貿易廃絶への初志は忘れなかった。キリスト教と文明、そしてなによりも内陸部への有利な交易ルートの発見こそが奴隷貿易を無くす道であるというのが、彼の信念であったが、時にはヴィクトリア朝人独特の「たくましいキリスト者精神」で、腕ずくで奴隷キャラバンから犠牲者を解放したりもした。ザンジバルでは彼の努力でその没年である1873年に奴隷制は廃止されている。<高橋哲雄『スコットランド 歴史を歩く』2004 岩波新書 p.218>