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アフリカ探検

19世紀のアフリカ分割の前提として行われた、西欧人によるアフリカ大陸探検。

サハラ以南のアフリカには、いくつもの文明が成立していたが、15~19世紀にイギリスを先頭とするヨーロッパ商人による奴隷貿易によって収奪され、人口が減少した。それが「暗黒大陸」化した背景である。19世紀後半には、ヨーロッパ人による内陸への「探検」が行われ、ヨーロッパ列強による植民地化の脅威にさらされ、1900年頃までに分割が完了する。しかし、内陸の開発は、ツエツエ蠅によって家畜に伝染する眠り病などの風土病もあって、進まなかった。「アフリカ探検」に乗り出した人は無数にあるが、リヴィングストン以前の主なものには次のような例がある。
マンゴー=パーク:イギリス人。1805年、ニジェール川の奥地を探検し、トンブクトゥに到達。帰路行方不明となった。
リチャード=バートン:イギリス人。1858年、タンガニーカ湖を発見。バートンはアラビア学者でもあり、アラビアン・ナイトの翻訳で有名。
サミュエル=ベーカー:イギリス人。夫人とともにナイル源流の探索に当たった。1865年にアルベルト湖を発見した。
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ノートの参照
第14章2節 ア.アフリカの植民地化