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福音信仰/福音主義

キリスト教の聖書に書かれたイエスの教えに対する信仰。特に、ルター派の聖書を拠り所とする信仰を福音主義という。

 福音とは、「よろこばしいしらせ」のことであり、キリスト教では聖書に書かれたイエス=キリストの教えを意味する。『福音書』と言えば、『新約聖書』のなかの、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四書のことである。聖書はもともとヘブライ語やギリシア語で伝えられ、ローマ時代にラテン語に翻訳されれたが、キリスト教がヨーロッパで定着する過程で、多くの農民はラテン語を解せないので教会や聖職者の言葉を通じて教えられるに過ぎなくなっていた。
 使徒パウロや教父アウグスティヌスの思想は本来的な福音信仰であったが、中世カトリック教会ではローマ教皇が圧倒的な権威をもち、民衆は幼児洗礼によって自らの意思とかかわりなく村落ごとに教会に属し、また教会・聖職者自身も封建領主として存在するようになり、腐敗堕落も進み、本来のイエスの教えから乖離する有様となっていった。

ルターの福音信仰

 それに対して、教会や聖職者の言葉ではなく、福音つまり聖書だけを信仰の拠り所にするべきであるという福音信仰、または福音主義、あるいは聖書主義といった信仰のあり方が唱えられるようになった。中世においてもイギリスのウィクリフやチェコのフスの主張があったが、それらは教皇と教会の権威の否定につながるので、いずれも異端として弾圧された。福音信仰が先鋭的に提示されるようになったのが、16世紀初めのルターに始まる宗教改革においてであった。使徒パウロや教父アウグスティヌスの本来的な福音信仰が、ルターによって復活されたと言うこともできる。
 ルターは1522年に出版したドイツ語訳新約聖書の序文で、第一に大切な注意として、福音書には四種の書物があり、四人の著者があったというのは誤った見解であって「新約聖書がただ一つしかないように、福音もただ一つのみであり、そして信仰も一つであり、約束を与えたもう神もただ一人であるとの点も、決して誤解されてはならない」と述べた上で、次のように解説している。
(引用)「福音」(Evangelion)という語はもともとギリシア語であって、これをドイツ語で言えば、われわれがそれについて讃美し語り喜びとするところの「よき音信」(gute Botschaft)、「よき知らせ」(gute Märe)、「よき近況」(gute Neuzeitung)、「よき叫び(宣言)」(gute Geschrei)を意味する。(あのダビデが巨人ゴリアテに勝った知らせにユダヤ民族が喜んだのと)同じように、神の福音、この新しい契約は、使徒たちによって全世界に伝えられたところの一人のまことのダビデ――についてのよい音ずれであり叫びなのである。<ルター/石原謙訳『キリスト者の自由・聖書への序言』岩波文庫 p.58>
 その後、カトリック教会に対する改革派は、プロテスタントと呼ばれるようになり、スイスに始まったカルヴァンの教えはカルヴァン派としてフランスやイギリスにも広がっていく。ただし、一般的にはルター派を指すときに、福音主義と言われるようになった。

近代の福音主義運動

 18世紀の中頃、イギリス国教会を含むプロテスタント各派の中に起こった、純粋な信仰を回復しようとする改革派の運動も福音主義運動(Evangelical Movement)という。彼らはその情熱を、海外布教に向け、1795年にロンドン伝道会を設立し、国内で宣教師を育成し、有能な者をアジア・アフリカに派遣した。これらの若く理想に燃え、熱心な宣教師は世界各地で活躍するようになるが、彼らの活動は、その意図はなかったとしても、イギリスの海外植民地拡大と結びかざるを得なかった。1807年、最初のプロテスタント宣教して中国に渡ったロバート=モリソンがその一人で、彼は純粋な宣教師で中国語を習得し、聖書の中国語訳などを行うと共に中国文化を深く理解した研究者でもあったが、1834年のネイピア使節団の副官に抜擢され、結果的にイギリスの中国侵略の手助けをすることとなった。また、アフリカのナイル源流地探検で知られるリヴィングストンもロンドン伝道会からアフリカに派遣された宣教師の一人だった。<柳父章『「ゴッド」は神か上帝か』2001 岩波現代文庫 p.17-> → 拝上帝会
 福音主義運動は、イギリス国内においては奴隷貿易反対、奴隷制度廃止の先頭に立った。貴族出身で上院議員となり、トーリ党院であったウィルバーフォースは福音主義運動の影響を強く受け、人道主義の立場から熱心に黒人奴隷貿易反対の運動に取り組み、ピットを動かして、議会での多数派工作に成功し、1807年に奴隷貿易禁止法、さらに1833年の奴隷制度廃止を実現させたた。
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ノートの参照
8章3節 ア.宗教改革の始まり
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柳父章
『「ゴッド」は神か上帝か』
2001 岩波現代文庫