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東学

朝鮮で生まれた儒仏道を総合した宗教で、キリスト教を西学というのに対して東学といった。

1860年に、両班出身で没落した崔済愚が創始した宗教。儒教・仏教・道教を融合させ、西学(天主教=カトリック教)に対抗する意味で東学と名付けられた。東学の教徒となって真心込めて呪文を唱え、霊符をを飲めば、天と人間が一体となり、現世において神仙となることができると説いた。大院君政権は思想統制を強め、東学を弾圧、1863年崔済愚を逮捕し、死刑とした。1880年代には、外国貿易による物価高などもあって排外思想が強まる中で、東学も再び活発となり、第二代教主の崔時亨のもとで組織化が進み、「斥倭洋」をかかげ、激しく日本と西洋諸国の排斥を求めるようになった。1894年、東学の地方幹部の一人、全琫準が農民の蜂起を指導し甲午農民戦争(東学党の乱)を起こし、それが導火線となって日清戦争となった。
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ノートの参照
第13章3節 エ.東アジア国際秩序の再編