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パン=ゲルマン主義

ヨーロッパ各地のゲルマン民族(ドイツ人)の統合を図ろうとする膨張主義。パン=スラブ主義と鋭く対立した。

 ドイツ帝国において、1890年代のヴィルヘルム2世の世界政策の展開の背景となった思想である。ドイツとオーストリア(オーストリア=ハンガリー帝国)という二つのドイツ人国家を統合し、さらに中世以来のドイツ人の東方植民によって東ヨーロッパからバルカン方面に広がったドイツ人の居住地域もドイツ国家に併合しようと主張した。

パン=スラブ主義と対立

 そのような主張を明確に掲げた団体として、1891年に結成された全ドイツ連盟がある。彼らの主張は、ポーランド・チェコ・セルビアなどのドイツ人居住地を併合しようとするものであったから、スラヴ系諸国、その背後にあるロシアのパン=スラヴ主義と厳しく対立しするようになる。

オーストリアのバルカン侵出

 オーストリア=ハンガリー帝国は、オスマン帝国の衰退に乗じてバルカンへの侵出をはかった東方問題で、ロシアとの対立が続いていたが、19世紀まではビスマルク外交による三帝同盟などでどうにかロシアとの協調を維持していた。しかし、20世紀の帝国主義の時代になると、積極的にバルカン半島に侵出してエーゲ海のサロニカまで獲得しようという膨張政策を採るようになり、1908年のボスニア・ヘルツェゴヴィナを併合などを強行し、バルカン問題をさらに深刻にした。この動きはセルビアなどのバルカン諸国およびその背後にあるロシアとの衝突を招き、第1次世界大戦の要因を作ることとなる。
 パン=ゲルマン主義の主張は第二次世界大戦でドイツ帝国が敗れ、ドイツとオーストリアの併合が禁止されるなど、厳しく抑えられたが、1930年代に台頭したナチスの主張の中に復活することになる。
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ノートの参照
第14章2節 エ.列強の二極分化とバルカン危機