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衛正斥邪

朝鮮において、儒学(朱子学)を正統として守り、西欧や日本の侵略を排除しようとする思想。大院君の鎖国政策、さらに日本の支配に抵抗した義兵闘争の思想的根拠となった。

えいせいせきじゃ。衛正斥邪の衛は防衛の衛、正とは儒学(その中でも朱子学の思想)のこと、斥は排除、邪とは西洋思想および欧化した日本をさす。朝鮮王朝では元々儒学、特に朱子学が政治の理念としても、実生活における規範としても重視され、深く定着していた。さらに中国で異民族王朝である清が成立すると政治的には宗主国として仰ぎ、従属的な立場になったが、儒学においては朝鮮が正統性を継承しているという小中華思想が生まれていた。そのような朝鮮に、18世紀以降、西欧諸国の外圧が強くなると、キリスト教や新しい技術を受け入れようとする開化思想も起こってきた。それに対して、朱子学者を中心とする儒学者(儒生)は危機感を抱き、朱子学の道徳を守り、欧化や開化を否定して排除するという「衛正斥邪」を強く主張するようになった。
 朝鮮王朝で実権を握っていた大院君は衛正斥邪思想に影響され、厳しい鎖国政策を採り、外国船の来航を禁止したので、イギリス、フランスなどとの間でたびたび紛争が起こった。一足先に開国し、欧化政策に転じた日本が、江華島事件などを起こして圧力をかけてくると、衛正斥邪の鉾先は、欧化した日本に向けられることになった。大院君が失脚するなど、朝鮮政府内部の対立もあって、日本の朝鮮への勢力拡張が進み、日露戦争後の第2次日韓協約で保護国化が決定的となり、第3次日韓協約で軍隊の解散が命令されると、激しい義兵闘争が朝鮮各地で起こった。この闘争の理念的正当性は、初期の義兵の先頭に立っていた衛正斥邪思想を掲げる儒生たちであった。<姜在彦『朝鮮の攘夷と開化』1977 平凡社選書 p.211-218>
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ノートの参照
第14章3節 ウ.日本の韓国併合
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姜在彦
『朝鮮の攘夷と開化』
1977 平凡社選書