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アメリカの国際連盟不参加

ウィルソン大統領がヴェルサイユ条約に盛り込んだ国際連盟の提案に対し、議会が孤立主義の外交原則の維持を主張して反対したため、参加できなかった。

 アメリカ合衆国議会でヴェルサイユ条約批准、つまりアメリカ合衆国の国際連盟加盟に反対の論陣を張ったのは、上院外交委員会の委員長、ヘンリー=ガボット=ロッジであった。ロッジは、アメリカ外交の原則は、モンロー宣言以来の孤立主義であり、合衆国の名誉が侵害されない限り外国の紛争に巻きこまれないことが大事であると主張した。その考えに拠れば、国際連盟加盟は、遠くヨーロッパの紛争に巻きこまれ青年の血を流すこととなるから、合衆国にとって危険なことであるというものであった。
 それに対してパリから戻ったウィルソン大統領は、世界大戦という悲劇を防止するためには、今やアメリカが国際的に孤立することは許されない、集団的安全保障の枠組みに参加するのは合衆国の責任であり、崇高な義務であると説いた。議会で支持を得られないと知ると、かれは病身を押して全国遊説を行った。しかし、イギリスに対して独立の約束を反故にされたアイルランドや大戦後不利な扱いを受けたイタリアに同情するなどの移民たちの反ヴェルサイユ条約の感情もあり、国民の中にウィルソンを支持する声は起きなかった。また、国際連盟にはイギリス自治国が独立国として参加して1票を持つことに対し、イギリスの発言力が強まることを警戒し、アメリカ合衆国にイギリス連邦加盟国数と同数の議決権を認めることを条件とせよという意見もあった。結局、議会の採決は小差であったがウィルソンの提案は否決された。ウィルソンは病が重篤となったため大統領として実質的な執務が出来なくなり、1920年の大統領選にも出馬できず、新たに国際連盟加盟反対を掲げた共和党のハーディングが当選したため、アメリカ合衆国の国際連盟加盟の道は断たれ、ウィルソンも失意のうちに世を去った。<F.L.アレン『オンリー・イエスタディ』1932 ちくま文庫 p.35-70>
 → アメリカの外交政策 
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第15章2節 ア.ヴェルサイユ体制とワシントン体制