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黄埔軍官学校

蔣介石を校長とする国民革命軍の幹部養成学校。

 1924年6月に孫文の指導する中国国民党が設立した軍幹部を養成する学校。黄埔は広州から40キロの地点。校長にはソ連視察から帰国した蔣介石が任命された。国共合作のもと、共産党員の周恩来が政治部主任となり、葉剣英らが教官として加わった。孫文は「ロシア革命が成功し、中国革命が依然失敗し続けているのは何故か?」と問い、その答えを「中国に革命軍がなかったからだ」と考え、国共合作がなり国民党を改組するにあたり、革命軍の組織化を掲げた。その目的で前年、蔣介石をソ連に視察に派遣した。その蔣介石を校長に任命し、ソ連からの資金と武器援助を受け、黄埔軍官学校は2年足らずのうちに約2300名の国民革命軍の幹部を養成した。<野村浩一『蔣介石と毛沢東』アジアの肖像2岩波書店 1997 p.12>
 後にはこの黄埔軍官学校卒業生を中心(戴笠ら)として、国民党蔣介石系の特務機関「藍衣社」がつくられ、陳果夫、陳立夫兄弟の「C・C団」とともに、国共内戦時代に共産党員に対する白色テロが行われる。<小島晋治・丸山松幸『中国近現代史』岩波新書 p.150>
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ノートの参照
第15章3節 ウ.国民党と共産党