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タイ立憲革命

1932年6月に起こったタイでの立憲政治を実現させた革命。

 タイ(シャム)における立憲君主制への移行は、ラタナコーシン朝ラーマ5世の時、一部官僚の意見書として提出された(1885年)が、王は立憲政治を否定し絶対王政を強められた。その後も立憲政治の実現を目ざす動きはあったが、抑えられてきた。
 しかし、20世紀に入りタイは植民地化の危機は脱したものの、絶対王政では激変する世界に対応しきれないことは明らかになっていた。とくに1929年の世界恐慌はタイにも深刻な影響を与え、政治・経済などあらゆる面での合理的システムの構築が必要になってきた。そのような世界の情勢を素直にタイに持ち込んだのが、よー路派に留学した若い知識人層であった。官僚のプリーディーと軍人のピブンらは1927年に留学中のパリで人民党を結成し、帰国後の1932年6月24日にクーデターを決行、王族の一人を人質に、国王ラーマ7世に立憲政体の実現を迫った。かねてから立憲体制への移行が不可避であると考えていたラーマ7世は保守派の反対を抑えて、要求を入れ、ここにタイ立憲革命は無血で成功し、27日にはプリーディが起草した憲法に国王が署名した。
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ノートの参照
第15章3節 オ.東南アジアでの民族運動の展開