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ブルム/フランス人民戦線内閣

第二次世界大戦前のフランスの政治家。1936年に成立した人民戦線内閣の首相。

 レオン=ブルムははじめ文学者として出発、ジョレスと知り合ってフランス社会党に入党、反帝国主義運動で活躍した。1930年代にドイツやイタリアのファシズムの台頭に直面して、フランスで人民戦線の結成の動きが強まると、共産党のトレーズらと協議を重ねて人民戦線綱領の作成に成功し、1936年1月の総選挙で勝利して、人民戦線派の内閣の首相に就任した。
 フランス人民戦線が権力を握ったブルム内閣は、週5日労働制などの労働立法を進めるなど、革新政策をとったが、不況の進行に対する有効な経済政策を打ち出すことができなかった。また同年に始まった隣国でのスペイン内戦では、同じ人民戦線のスペイン共和国政府を支援する決意を固めたが、閣内からも反対され、イギリスの同調が得られなかったため結局不干渉政策を取ることとなった。こうして経済問題での行き詰まりと、スペイン問題での閣内不一致に追い込まれたブルムは、翌年辞職した。
 第2次世界大戦が始まると、ヴィシー政権に逮捕され、ドイツに抑留され、アメリカ軍に救出された。戦後も1947年に暫定内閣の首相を務めた。

レオン=ブルムの人物

(引用)レオン=ブルムは、1872年生まれで(人民戦線内閣発足の時は)64歳に近い。秀れた分析力、鋭敏な感覚の見られるスタンダール論を発表し、独自の結婚観も展開する繊細な知識人の一面をもっている。1900年生まれの(共産党指導者)トレーズとは親子ほどに年が違うし、トレーズが外見からして行動人の印象をあたえるのに、ブルムは本質において思索的人間という感をあたえる。そしてこの両党の指導者の年齢差、行動力の差、ダイナミズムの相違が、そのまま社・共両党に反映するといってよい状態が36年当時の社会党に発生しつつあった。<海原峻『フランス人民戦線』1967 中公新書 p.104>
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ノートの参照
第15章5節 オ.ソ連の五カ年計画とスターリン体制