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ディエンビエンフーの戦い

1954年5月、インドシナ戦争で、ベトナム軍がフランス軍を破った戦い。フランスがインドシナから撤退するきっかけとなった。

 1954年5月、インドシナ戦争でフランスの敗北を決定づけた戦闘。フランス軍はベトミン(ベトナム独立同盟)軍をタイ-ラオス国境地帯に引きつけるため、空挺部隊をディエンビエンフーに降下させ、占領した。それに対してベトミン軍が包囲攻撃し、50日あまりの戦闘で陥落させた。このフランス軍の敗戦は、フランス国内でも停戦の声を強くし、6月停戦を主張するマンデス=フランス内閣に代わった。マンデス=フランス内閣はジュネーヴ会議での交渉を再開し、同年7月21日、ジュネーヴ休戦協定に調印した。

Episode 赤いナポレオン

 1万3千のフランス兵が、アメリカの武器援助を受けたにもかかわらず、ベトミンのゲリラ戦に敗れたことは世界中を驚かせた。もっともフランス兵と言っても、実態は大戦後に流れ込んできた旧ナチスも含む外人部隊が主力で、戦闘意欲は高くなかったとも言われる。ベトミンが勝利したのは、ジャングル内に張り巡らした補給路を使った人海戦術であった。その指揮を執ったボー=グェン=ザップはすぐれた将軍とされ、後のベトナム戦争でも象徴的存在で「赤いナポレオン」と言われた。彼は学校の教師から共産党員となってベトミンに加わり、ホー=チ=ミンの片腕となった人物。現在でもベトナムでは人望が高い。「ディエンビエンフー」の名もベトナムでは輝かしい勝利の記憶とされ、ハノイの大通りの名前にもなっている。
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ノートの参照
第16章1節 ウ.東アジア・東南アジアの解放と分断