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ジュネーヴ休戦協定

1954年、ベトナム民主共和国とフランス、アメリカなどで締結されたインドシナ戦争の休戦協定。北緯17度線を軍事境界線とするなどを取り決めた。

 1954年4月からスイスのジュネーヴインドシナ戦争の休戦を協議するジュネーヴ会議が開催された。当事国であるフランスとベトナム民主共和国ベトナム国の代表と、アメリカ、イギリス、ソ連、それに成立間もない中華人民共和国(代表が周恩来)などが参加した。
 フランスは当初会議の引き延ばしを図り、有利な休戦を探ったが、会議中の5月のディエンビエンフーの戦いでの敗北を受け、急速に停戦に傾き、7月に停戦協定が成立した。この協定では、
 1.北緯17度線を暫定軍事境界線とし、ベトナム人民軍はその北の部分に、フランス軍は以南に集結する、
 2.8月はじめまでにいっさいの軍事行動は停止される、
 3.以後、いっさいの増援部隊のベトナムへの導入は禁止される、
 4.協定履行のための合同委員会と国際監視委員会を設置する、などが定められた。
 ベトナムの統一に関しては、最終宣言で、「ベトナムの住民による自由な総選挙で決定される。総選挙は国際監視委員会の管理下で1956年7月に実施される」ことが約束された。
 しかし、アメリカは最終宣言への参加を拒否し、ベトナム国(南ベトナム)は休戦協定にも反対した。このため、この休戦協定は実質的には拘束力を持たないことになった。また、2年後に約束された統一のための選挙も実施されなかった。
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ノートの参照
第16章1節 ウ.東アジア・東南アジアの解放と分断