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ニクソン=ドクトリン

1969年、アメリカ大統領ニクソンが示した外交路線。アジアでの過度な介入を抑制することを表明し、同盟国に役割の分担を求めた。

 アメリカ合衆国ニクソン大統領が1969年に就任し表明した外交政策の基本路線。ベトナム戦争の泥沼化と、アメリカ経済の深刻な落ち込みを受けて、従来のような海外、とくにアジアに対するアメリカの過度な軍事介入を抑制する政策に転じることを表明したもの。ニクソン政権の外交政策を担当したキッシンジャーが構想する、中国との関係を改善し、アジアの安定での日本と韓国の役割を重視する多極的な安定構想に基づいていた。このアメリカの外交政策の大きな転換により、米中接近とベトナム和平が動き出し、冷戦下の米ソ二大国の対立構造が崩れることとなった。
 しかし、ニクソンはただちにベトナム戦争を停止したわけではなかった。1967年からパリ和平会談が始まっていたにもかかわらず、1970年にはカンボジアに侵攻、さらに翌年にはラオス空爆を行い、戦火を拡大させた。これは、アメリカという大国の威信にかけて、和平交渉を有利に進めたいという狙いであったが、インドシナ民衆の抵抗が激しく、国際的なベトナム反戦運動もさらに活発になったため、失敗した。メンツにこだわる「大国主義」の失敗であり、そのために多くのインドシナ民衆、アメリカ兵が犠牲となった。
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ノートの参照
第17章1節 ア.米・ソ軍縮と緊張緩和