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ベトナム反戦運動

1960年代後半、アメリカの学生に始まり全世界にひろがったベトナム戦争に反対する平和運動。

 ベトナム戦争は長期化、深刻化し、その悲惨な映像がテレビを通じてアメリカの国民に知られるようになると、まず1965年頃から学生の中で「ティーチ・イン」といわれる反戦集会が始まり、67年頃には全国的な広がりをもつようになった。68年1月のテト攻勢で首都サイゴンが攻撃を受けたことで、タカ派の論調も弱まり、世論の大半はアメリカ軍の撤退を主張するようになった。

1968年 学生運動の高揚

 ベトナム反戦運動に立ち上がった学生は、大学の官僚制的な統制とも対立するようになり、同時に大学改革を求める学生運動として高揚していった。64年のカリフォルニア大学バークレー校に始まり、68年にはコロンビア大学やハーヴァード大学でも学生が校舎を占拠するなどの過激な運動が展開された。この学生運動はたちまち全世界に広がり日本でも東大紛争を始め全国の大学に「スチューデント・パワー」の嵐が吹き荒れた。また多くの若者がヒッピーなどの「カウンター・カルチャー」(アメリカの伝統的な中産階級の文化や道徳に反発した文化)に身を置いたのもこの時代であった。

Episode 反戦活動家クリントン

 学生の反戦運動には利己的な動機もあった。学生、教員、妻帯者などの徴兵猶予が廃止され、戦争が自分の身に直接降りかかってきたのである。そのなかで多くのものが徴兵回避の方策を考えた。クリントン前大統領もそうした若者の道をたどっており、彼は大学院在学中に徴兵を免れ、さらに留学中のイギリスで反戦運動を組織している。<有賀夏紀『アメリカの20世紀』下 中公新書 2002 p.84>
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有賀夏紀
『アメリカの20世紀』下
2002 中公新書