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北米自由貿易協定/NAFTA

1994年に発効したアメリカ・カナダ・メキシコの自由貿易圏とする協定。メキシコでは強い反発が生じた。

 アメリカ合衆国・カナダ・メキシコの三国が、関税障壁を廃止して自由貿易圏を形成する協定。NAFTA(North American Free Trade Ageement)。1992年、アメリカ大統領ブッシュ(父)の時に調印されたが、アメリカ国内ではメキシコの安価な労働力の流入をおそれた労働組合が反対したため、議会の承認が得られないでいた。次の民主党のクリントンが共和党の支持をとりつけ、ようやく議会の承認を得て、1994年1月1日に発効した。しかし、大きな問題となったのはメキシコにおいてであった。

反グローバリズムの動き

 1994年1月1日、北米自由貿易協定(NAFTA)が発効した日、メキシコ南部のチアパス州で、武装ゲリラ集団が蜂起し、解放区を作るという出来事が起き、世界を驚かせた。この武装集団は、サパティスタ解放戦線(メキシコ革命の先頭に立ったサパタの遺志を継ぐことを掲げている)を名乗り、NAFTAはアメリカに主導されたグローバリズムによる、メキシコ経済を支配するための協定であるとして、その廃棄を主張して武装蜂起したのだった。
(引用)蜂起した人々はかつてマヤ文明を担っていた、マヤ系の農民であった。彼らは征服したスペイン人によって土地を奪われ、密林地帯で細々とトウモロコシ栽培などの農業を続けていた。メキシコがスペインから独立したあとも、メキシコの白人政府によって収奪された。そのうえこれからもアメリカとの自由貿易によって、未来の自分たちの生活まで破壊される、と考えて蜂起したのだ。蜂起にあたって彼らのスローガンは「ヤ・バスタ(もう、たくさんだ)」だった。<伊藤千尋『反米大陸』2007 集英社新書 p.194>

アメリカへの不法移民

 実際、NAFTAによる貿易自由化が始まった結果、メキシコには大量のアメリカ産トウモロコシ(遺伝子組み換えで増産された)が輸入され、零細なメキシコ農民のトウモロコシ生産は壊滅し、農民の多くは都市に流出するか、北方のアメリカ国境を違法に越えてアメリカに向かった。アメリカはメキシコからの不法移民に苦しめられることとなった。

Episode メキシコ国境に壁を作らせろ!

 2016年のアメリカ合衆国大統領選挙に立候補したドナルド=トランプは、メキシコからの不法移民を防ぐ壁を国境に築き、その費用はメキシコに持たせると表明し、それが不法移民に職を奪われたと考えていた白人貧困層に大受けに受け、瞬く間に共和党候補となってしまった。しかし、冷静に考えれば、メキシコからの不法移民が増大したのは、アメリカの共和党(民主党も同じ)が進めたNAFTA(北米自由貿易協定)でメキシコ経済が破壊されたからなのだ。トランプには政治家として必要な歴史認識にまったく欠けている。
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