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ウイグル人の独立運動/東トルキスタン独立運動

中国の新疆ウイグル自治区(東トルキスタン)でイスラーム教徒であるウイグル人の独立運動が続いており、2000年代に高まっている。

ウイグル人の独立運動

 中華人民共和国は、1955年に新疆ウイグル自治区を設け、ウイグル人の自治を認めたが、ウイグル人側は自治に留まらず独立を要求する勢力が戦前から活動を続けていた。特に1989年の東欧革命の動きに刺激された中央アジア5ヵ国でも民族独立とイスラーム教の復権を求める運動が強まり、その動きは中央アジアのウイグル人を通じて、新疆のウイグル人にも伝えられ、東トルキスタンの独立をデモが暴動に転化する事態が続いた。このウイグル人の独立運動は、チベット問題とともに中華人民共和国にとって国家崩壊につながりかねない問題として目を離すことができない。
注意 唐代のウイグルと近現代のウイグルは直接的にはつながっていないので注意を要する。

東トルキスタン独立運動の激化

 1989年5月19日に中国の民主化運動である天安門事件(第2次)が起こると、それに便乗する形で、新疆大学の学生を中心としたウイグル人学生が蜂起し、自治区政府を襲撃した。さらに翌90年には新疆ウイグル自治区のアクト県バリン郷で数百名のウイグル人が「東トルキスタン共和国の樹立」を叫び、6名の武装警察官を殺害した。
 1991年にソ連が解体し、中央アジア5ヵ国のトルコ系諸民族は独立を達成した。しかし、ウイグル人は中央アジアにおいて736万人を数えながら、独立すべき国をもたなかった。そのことは、中国領の新疆ウイグル自治区の最大民族であるウイグル人を強く刺激し、中国からの独立によって民族国家を樹立し、民族信仰であるイスラーム教信仰を復権させようという運動となって現れた。

イスラーム原理主義との結びつき

 中国政府は、中央アジア5ヵ国が、新疆のウイグル人独立を支援しないようにするため、外交努力を開始し、ウズベキスタンを初めとする5ヵ国に対する経済支援を強め、同時にテロリストと戦うことを掲げて1996年に中国・ロシア・カザフスタン・キルギス・タジキスタンの5ヵ国による上海協力機構(上海ファイブ体制)を結成した。これは経済協力を掲げるとともに、イスラーム原理主義と結びついたウイグル人の分離独立運動を押さえ込むことを狙ったものである。
 1990年代には新疆ウイグル自治区におけるウイグル人の独立運動に関わる暴動事件は1000件以上に上り、中国当局は武装警察による取り締まりの強化とともに、自治区行政府に対する経済支出を増やして独立運動グループと一般大衆を分離させることに努めた。しかしウイグル人独立運動組織は海外にも拠点を持ち、特にそのうちのイスラーム原理主義グループはビン=ラディンとも結んで、国際的なテロ集団とされるに至った。中国は、2001年6月に上海協力機構にウズベキスタン共和国を加えて、上海協力組織(SCO)を結成して、経済協力とともにテロ対策での共同行動を強めた。
 2001年の9.11以降、中国政府はウイグル人の東トルキスタン独立運動グループのいくつかを国際テロ終端として認定し、全面的な弾圧を表明したが、その後も散発的に暴動やテロが続いている。アメリカも、ウイグル人のイスラーム原理主義者がアフガン戦争でタリバンやアルカーイダに加わっているとみて、警戒を強めている。東トルキスタン独立運動は、チベット独立運動におけるダライ=ラマ14世のような、カリスマ性のある指導者が今のところ現れておらず、また広大な地域を一本化することも困難ななか、武装闘争のみがエスカレートして中国に弾圧の口実を与える傾向があり、困難さが予想される。
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