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マンデラ

南アフリカのアパルトヘイトに反対する黒人のアフリカ民族会議の指導者。1994年に黒人初の大統領に選出された。

 マンデラは1950年代から南アフリカ連邦における黒人蔑視の人種主義にもずく人種隔離政策であるアパルトヘイトにたいする戦いを続けた、アフリカ民族会議(ANC)の指導者。27年間の獄中生活から解放され、1994年に実施された総選挙でANCが第一党となり、黒人初の大統領に選出された。
(引用)マンデラは、世界で最も尊敬される政治家のひとりである。27年6ヶ月の獄中生活の期間、マンデラはアパルトヘイトの絶頂期の政治の舞台から隔絶され続けていた。そのことは、この人物に利害関係を超越した象徴性を与える結果となった。  ネルソン=ロリシャシャ=マンデラは、コーサ人の有力な首長の後継者として、1918年に生まれた。農村で育ち、ミッション教育を受け、法律学を学んだマンデラは、家族が押しつけた縁談から逃げたいという意図もあり、ジョハネスバークに居を移す。この大都会で、マンデラはアフリカ民族会議(ANC)の政治に深く関与するとともに、オリヴァー=タンボと一緒に黒人初の弁護士事務所を開設した。1960年代初頭、国民党政府の弾圧が強化されると、マンデラは地下に潜行したが、集会にひょっこり現れるなどして、捜査当局を手玉に取った。1962年には密出国し、ANC武装ゲリラへの支援を求め、アフリカ諸国とイギリスを旅した。彼が逮捕されたのは、秘密裏に帰国した直後である。釈放後のマンデラは、すべての南アフリカ人に慕われる「おじいちゃん」の役回りを自覚的に演じ、圧倒的な指示を受けている。マンデラ大統領は、公的な行事でも、おしゃれなトロピカル・シャツを着こなしている。首長の威厳と、マスコミ受けを計算できるパフォーマンスを兼ね備えたマンデラは、現代の南アフリカにおける「農村的なもの」と「都会的なもの」を一身に体現する存在だといえるかもしれない。<峯陽一『南アフリカ 「虹の国」への歩み』1996 岩波新書 p.26>
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ノートの参照
第15章3節 ウ.第三世界における強権支配の後退
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峯陽一
『南アフリカ 「虹の国」への歩み』
1996 岩波新書