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バスク問題

現代スペインで、バスク地方の分離独立をめぐる問題。

 現代のスペインのバスク地方で起こっている分離独立問題。バスク地方は、大西洋に面しピレネー山地をはさんでスペインとフランスにまたがる地方。この地域の住民には独自のバスク語という、インド=ヨーロッパ語系でない言語を話す人々がいる。現在はスペイン側のバスク自治州は人口約210万人、うち約40万人がバスク語を母国語とする。バスク地方は鉄鉱石の産地で中心都市ビルバオは重工業都市として発展している。ピカソの「ゲルニカ」はビルバオの近郊の町。フランコ独裁時代にはバスク語が禁止されるなどの抑圧を受けた。
 第二次世界大戦後、独立運動が強まり、1959年に武装集団「バスク祖国と自由(ETA)」が結成され、68年から爆弾テロや要人暗殺などの過激な行動を展開、73年にはスペインのブランコ首相暗殺(フランコ将軍ではないので注意)などを起こしている。79年には自治権を認められ、バスク自治州となったが、ETAは隣のナバラ地方やフランスの一部を含む独立を主張している。2006年3月、ETAは停戦を宣言したが、独立をめぐってなお緊張が続いている。<朝日新聞2006年5月18日記事などによる> → 分離独立運動

Episode 戦国時代の日本に来たバスク人

 日本にキリスト教を伝えたフランシスコ=ザビエルはバスク人であった。バスク語は膠着語といって、日本語に近いアジア系と言われ、バスク人の風貌も日本人に似ていると言われている。ザビエルがマラッカで日本人アンジロウとあい、日本に興味を持ったのも彼がバスク人であったからかもしれない。
 戦国時代に日本に来たもう一人のバスク人の話が、司馬遼太郎の短編「奇妙な剣客」に出てくる。彼はユイズといい、ゴアからポルトガル船に乗って平戸にきた。多くのバスク人と同じく彼もフェンシングのような剣の達人であったが、平戸で騒ぎに巻き込まれ、日本人の剣士と闘うという話である。世界の東西のバスクと日本に何かのつながりがありそうで、おもしろい。<司馬遼太郎『真説宮本武蔵』講談社文庫所収>
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