ガザン=ハン
モンゴル系イル=ハン国の第7代ハン。イスラーム教に改宗する。ラシード=アッディーンを宰相に登用。
ガザン=ハン Ghazan Khan はイル=ハン国の第7代ハン(在位1295~1304年)。フラグの曾孫でモンゴル人であるが、イル=ハン国の領土の大部分の住民であるイラン人との融和を図り、1295年即位と同時にイスラーム教(シーア派)に改宗した。このとき、モンゴル人にムスリムとしてターバンの着用を命じた。この年、元朝では世祖フビライが死に、ガザン=ハンは、元朝の宗主権を否定して、完全に分離した。
イスラーム教に改宗
ガザン=ハンのイスラーム改宗宣言に伴い、それまでモンゴル帝国の宗教寛容策によって布教が許されていたキリスト教や仏教、チベット仏教、ユダヤ教などはいずれも禁止された。またガザン=ハンはイラン人のラシード=アッディーンを宰相として登用し、国内のイスラーム化を図った。また、人頭税・家畜税というモンゴル式税制をやめ、地租(ハラージュ)を中心としたイスラーム式税制に改め、イクター制も導入した。ガザン=ハンはラシード=アッディーンにモンゴル帝国の歴史の編纂を命じ、ペルシア語で『集史』が書かれた。この時代がイル=ハン国の最盛期であり、イラン=イスラーム文化が繁栄した時期でもあった。