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ブレーメン

北海に通じる北ドイツの商業都市。帝国都市として自治を認められ、ハンザ同盟に加盟した。

 ヴェーゼル川を通って北海に出ることの出来るドイツの港市。はじめ、大司教座が置かれ、都市としての基礎が築かれた。ハンブルクの西に位置し、交通の要衝でもあったので商業活動が盛んになり、12世紀末に神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世から特許状を得て皇帝に直属する帝国都市として自治権を認められた。ブレーメンの人はリューベックと共に十字軍に参加し、後のドイツ騎士団の母体となる野戦病院をアッコン附近に設立している。

ハンザ都市となる

 ブレーメンがハンザ同盟に加わり、ハンザ都市となったのは比較的遅く、14世紀の中ごろだった。しかも、リューベックとは必ずしも関係は良好でなく、たびたび除名されている。宗教改革の時期には、1563年、ブレーメンはカルヴァン派が権力をにぎったため、ルター派のリューベックなどと対立、同盟を除名されている。しかし、16世紀のハンザ同盟衰退期になるとリューベック、ハンブルク、ブレーメンは1630年に三市同盟を結び、三市だけが「自由ハンザ都市」となった。今でもブレーメンは「自由ハンザ都市ブレーメン」と言っている。<高橋理『ハンザ「同盟」の歴史』2013 創元社 p.227-230>
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