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ニュルンベルク

ドイツの都市で内陸交通路の要地。ナチス党大会の開催地とされ、第二次世界大戦後の国際裁判が開かれた。

ニュルンベルク GoogleMap

 ドイツ内陸部のバイエルン州の都市。ベルリンとミュンヘンを結ぶ内陸交通路の要衝にあり、1219年に帝国都市となって自治権を得る。中世後期に南ドイツの商業の中心地として栄え、「ニュルンベルク市民なきところ大市なし」と言われた。
 1835年には最初のドイツの鉄道が、ニュルンベルクとフルトの約6km間に敷設され、機関車が走った。

ヴァーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』

 ドイツのロマン派音楽を代表するリヒャルト=ヴァーグナーはドイツの三月革命に参加する前から抱いていた腹案を、1860年代に楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』として発表した(初演は1868年)。これはニュルンベルクに伝わる伝統的な歌合戦を舞台に繰り広げられる喜劇(と言ってもイタリア歌劇のようなドタバタ劇ではない)であり、音楽職人の親方ハンス=ザックスや岸ヴァルター、町の役人別宮メッサーなどが恋のさや当てをしながら歌を競う。ヴァーグナーはそこに芸術における伝統と革新の対立がドイツ芸術の勝利となるテーマを忍ばせ、結論的に「ドイツ人精神」を高揚するしている。そのテーマは、1848年革命の混乱を乗り越え、ビスマルクのもとで民族を統一しヨーロッパの強国にならんとしていたドイツ人に強く支持された。 → You Tube 『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第一幕への前奏曲 カラヤン指揮 ベルリン・フィル 1957 NHKホール

ナチスの党大会開催

 ニュルンベルクは「ドイツ人精神」の象徴的な場所と考えられるようになり、ヒトラーの率いる国民(国家)社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)は、政権を取った1933年から、このニュルンベルクで党大会を開催するようになった。それ以前はミュンヘンやワイマールなどで場所を変えて開催されていたが、1933年の第5回大会からはニュルンベルクでの開催が恒例となった。その党大会は荘厳で偉大な儀式として演出され、開会式では必ずヴァーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』序曲が演奏された。こうしてニュルンベルクはナチスにとっての聖地となった。1935年にはこの地でユダヤ人絶滅を定めたニュルンベルク法が制定された。

国際軍事裁判の開催

 第二次世界大戦でのナチス=ドイツ敗北後に、その戦争犯罪をさばく国際裁判としてニュルンベルク国際軍事裁判がこの地で開催されたのは、ナチスの聖地と思われてたこの都市を連合国があえて選んだからであった。
 ニュルンベルクには、国際軍事裁判が行われた建物が現在も残され地方裁判所として使用されているという。法廷となった部屋も保存され、その上の階は記念館となっている。
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